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東京高等裁判所 昭和60年(行ケ)62号 判決

原告

株式会社東神技研

被告

特許庁長官

右当事者間の昭和60年(行ケ)第62号審決(特許願拒絶査定不服審判の審決)取消請求事件について、当裁判所は、次のとおり判決する。

主文

特許庁が、昭和60年2月20日、同庁昭和58年審判第9206号事件についてした審決を取り消す。

訴訟費用は、被告の負担とする。

事実

第1  当事者の求めた裁判

原告は、主文同旨の判決を求め、被告指定代理人は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は、原告の負担とする。」との判決を求めた。

第2  原告は、本訴請求の原因として、次のとおり述べた。

1  特許庁における手続の経緯

原告は、昭和49年11月7日、名称を「棚装置」とする発明(以下「本願発明」という。)について特許出願(昭和49年特許願第128315号)をしたところ、昭和58年3月1日拒絶査定を受けたので、同年5月2日、これを不服として審判の請求(昭和58年審判第9206号事件)をしたが、昭和60年2月20日、「本件審判の請求は、成り立たない。」旨の審決があり、その謄本は、同年3月23日原告に送達された。

2  本願発明の明細書の特許請求の範囲の項の記載

長手形状の台部と、この台部に取付けられた複数の支柱と、各支柱を固定するため各支柱の上部に設けられた保持支柱と、前記支柱の1側部又は両側部に取付けられ、前記支柱の長手方向と直交する方向に各々設けられた棒状をなす複数の保持棒と、前記台部の下端部におけるその両端部において前記台部の長手方向とほぼ直交する方向に取付けられた保持台部と、この保持台部の下部に設けられたローラを有するキヤスターと、前記台部の下面部と前記保持台部の上面部との間において前記支柱の長手方向に形成された間隙部と、前記各保持棒上に載置された棚とを備え、前記台部と保持台部とが平面的にみてほぼH型をなし、複数の棚装置を重合させる場合、各棚を保持棒から除去すると共に、前記台部の下部に前記保持台部を装入することにより各保持棒は衝突することなく収納されるように構成した棚装置。

3  本件審決理由の要点

当審では、本願発明に係る棚装置が玉子焼やオムレツ等焼物食品を焼成後に冷凍する場合に用いるものであることが特許請求の範囲に記載されていないため、本件出願は明細書(以下「本願明細書」という。)の記載が不備であり、特許法第36条第5項に規定する要件を満たしていない旨の拒絶理由を意見書提出の期間を指定して通知した。この拒絶理由に対して、請求人(原告)は意見書を提出して、本願発明は玉子焼等に限られるものではない旨主張し、これにそつて棚が網状である点を削除する手続補正書を提出して本願明細書を補正した。そこで、この点を審究すると、本願明細書の発明の詳細な説明の項には、「この発明は棚装置にかんするもので、とくに玉子焼やオムレツ等の焼物食品を焼成後に冷凍する場合に用いる」、「支柱の両方向に設けられた多数の保持棒により小さいスペースにおいて多数の玉子焼、オムレツ等を冷却することができるものである。」という記載があり、他の用途については示唆する記載もない。また、審判請求書には、「本願の棚装置は、添付のカタログにも記載してありますように、オムレツ、タマゴヤキ等を製造後、冷却するために用いるものでありまして、棚は網状であることが必要で、キヤスターで移動して冷蔵庫内に入れることができるようになつているものであります。従いまして、網状に構成された棚もすぐに除去できることが必要で、保持棒上に載置しているものであります。又、狭い玉子焼製造工場内を有効に使うため、本願の構成のような重合収納できる棚装置が必要なわけであります。」と記載されている。これら、出願人(原告)の主張と他の用途の例示が皆無であることからみれば、本願発明は玉子焼、オムレツ等焼物食品用の棚装置であつて、棚は網棚であることが必須の構成要件と認めざるを得ない。したがつて、玉子焼、オムレツ等焼物食品用である点と、棚が網棚である点の記載のない特許請求の範囲の記載では、本件出願は、発明の詳細な説明に記載した発明の構成に欠くことができない事項のみを記載しなければならないとする特許法第36条第5項に規定する要件を満たしていない。

4  本件審決を取り消すべき事由

本件審決は、本願発明を玉子焼、オムレツ等焼物食品用の棚装置についての発明であつて、棚は網棚であることが必須の構成要件と認めざるを得ないとの誤つた認定をした結果、玉子焼、オムレツ等焼物食品用の棚装置である点と棚が網棚である点の記載のない特許請求の範囲の記載では、特許法第36条第5項に規定する要件を満たしていないとの誤つた認定判断をしたものであつて、違法として取り消されるべきである。すなわち、

本願発明は、棚装置に関するものであり、本願明細書の発明の詳細な説明の項には、「この発明は棚装置にかんするもので、とくに玉子焼やオムレツ等の焼物食品を焼成後に冷凍冷却するために用いるもので、スペース効率のよい棚を得るための改良にかんするものである」旨の記載があるが、右の記載は、本願発明に係る棚装置の好適な実施態様として、玉子焼やオムレツ等の焼物食品を焼成後に冷凍・冷却する場合に用いる棚装置の例を挙げただけのことであつて、右記載から、本願発明が食品の、しかも玉子焼やオムレツ等の焼物食品だけにしか使用できない棚装置についての発明であるとする被告の考え方は失当である。本願発明の特徴は、本願明細書の発明の詳細な説明の項及び添附の図面の記載から明らかなように、台部の下端部と保持台部の上面部との間に設けられた段差によつて多数個の棚装置を、互いに重合させて収納することができ、スペース効率をあげることができるという点にあるのであつて、その構成要件からみても、網棚でなく通常の板棚が設けられ、焼成食品の代わりに本が載せられたとしても、棚装置が互いに重合して収納でき、スペース効率を上げることができるとする本願発明の要旨はいささかも変わるものではなく、その奏する作用効果も同一であり、本件審決の認定判断が間違つていることは、明らかである。

第3  被告の答弁

被告指定代理人は、請求の原因に対する答弁として、次のとおり述べた。

1  請求の原因1ないし3の事実は、認める。

2  同4の主張は、争う。本件審決の認定判断は、正当であつて、原告が主張するような違法の点はない。

本願明細書の発明の詳細な説明の項には、本願発明の目的について、「この発明は棚装置にかんするもので、とくに玉子焼やオムレツ等の焼物食品を焼成後に冷凍する場合に用いるもので、スペース効率のよい棚を得るための改良にかんするものである。従来、用いられていた棚装置はほとんど棚部が枠体に固定されていると共に、棚装置自体も固定式のものであつた。また、これらの棚装置を収納する場合、全体構造が大きいためにきわめて大きい場所を必要としていた。この発明は以上の欠点をすみやかに除去するためにきわめて効果的な手段を提供することを目的とするもの」であり、その効果は、「多数の棚装置を収納する場合きわめて場所をとらず小さい場所に多数の棚装置を収納することができる。又、この棚装置は取手によりキヤスターを経て移動することができ、L字状の保持部材に棚を収納することができると共に、支柱の両方向に設けられた多数の保持棒により小さいスペースにおいて多数の玉子焼、オムレツ等を冷却することができる」という点にある旨の記載があるのであつて、特許請求の範囲には右の目的が達成できる構成を記載しなければならないところ、本願明細書の特許請求の範囲には、右の目的に関連するところの、全体構造が大きい棚装置の全体若しくは部分構造の大きさ、それらの相関関係又はそれらを構成する材質を限定する構成が全く記載されていない。

したがつて、用途限定をすることにより解決できる手段が明瞭になるところ、その点が記載されていない特許請求の範囲では、発明の詳細な説明に記載した発明の構成に欠くことができない事項のみを記載しなければならないとした、特許法第36条第5項に規定する要件を満たしていないといわざるを得ない。本願明細書の記載中、本願発明に係る棚装置に関し、玉子焼、オムレツ等焼物食品に用いるとする点は単なる例示であつて、本も載せられるものである旨の原告の主張は、本願明細書にこの棚が汎用であつて本も載せられることについての記載がないこと、本棚にしては図面における棚間隔が狭いこと(このことは玉子焼、オムレツ等焼物食品を冷却するために多数の保持棒により小さいスペースにする目的においては必然的なことである。)重い本を載せた場合の強度、重心位置等、使われる場合の具体例がないこと、並びに玉子焼、オムレツ等焼物食品と同じように本を絶えず棚に載せて移動しなければならない必然性がないことから判断して、本願明細書の記載からは本願発明の棚装置が本棚としても使われるものと認めることはできない。

第4  証拠関係

本件記録中の書証目録記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

(争いのない事実)

1  本件に関する特許庁における手続の経緯、本願明細書の特許請求の範囲の項の記載及び本件審決理由の要点が原告主張のとおりであることは、当事者間に争いのないところである。

(本件審決を取り消すべき事由の有無について)

2 本件審決は、本願明細書の発明の詳細な説明の項に記載された発明について、玉子焼、オムレツ等焼物食品用の棚装置についての発明であつて、棚は網棚であることが必須の構成要件と認めざるを得ないとの誤つた認定をした結果、玉子焼、オムレツ等焼物食品用の棚装置である点と、棚が網棚である点の記載のない特許請求の範囲の記載では、特許法第36条第5項に規定する要件を満たしていないとの誤つた結論を導いたものであるから、違法として取り消されるべきである。すなわち、

成立に争いのない甲第2号証(本願発明の願書並びに添附の明細書及び図面)によれば、本願明細書の発明の詳細な説明の項には、その冒頭に、「この発明は棚装置にかんするもので、とくに玉子焼やオムレツ等の焼物食品を焼成後に冷凍する場合に用いるもので、スペース効率のよい棚を得るための改良にかんするものである。従来、用いられていた棚装置はほとんど棚部が枠体に固定されていると共に、棚装置自体も固定式のものであつた。また、これらの棚装置を収納する場合、全体の構造が大きいためにきわめて大きい場所を必要としていた。この発明は以上の欠点をすみやかに除去するためにきわめて効果的な手段を提供することを目的とする」(第1頁第15行ないし第2頁第3行)と記載されていることが認められるところ、右記載によると、この発明は「棚装置にかんするもの」とあつて、「玉子焼やオムレツ等の焼物食品を焼成後に冷凍する場合に用いる棚装置にかんするもの」と記載されていないこと、また、「従来、用いられていた棚装置は」と、用途限定のない従来の棚装置のもつ欠点を挙げ、右欠点を除去することをもつて、本願発明の解決課題としており、「玉子焼やオムレツ等の焼物食品を焼成後に冷凍する場合に用いる棚装置」の特有の欠点の除去を解決課題とするものでないことが明らかであるうえ、同号証の発明の詳細な説明の項に、本願発明の効果として、「多数の棚装置を収納する場合きわめて場所をとらず小さい場所に多数の棚装置を収納することができる。又、この棚装置は取手によりキヤスターを経て移動することができ、L字状の保持部材に棚を収納することができると共に、支柱の両方向に設けられた多数の保持棒により小さいスペースにおいて多数の玉子焼、オムレツ地を冷却することができる」との記載があることが認められるところ、右記載のうち、前記課題を解決することによる効果は、「多数の棚装置を収納する場合きわめて場所をとらず小さい場所に多数の棚装置を収納することができ」、また、「取手によりキヤスターを経て移動することができる」効果がこれに相応し、右効果が本願発明の目的に添う主たる効果であることは、前示特許請求の範囲の項の記載及び前掲甲第2号証に徴し、これを認めるに十分であり、その余の効果の記載は本願発明の1実施例の効果を記載したにすぎないものと認められること等からすれば、本願明細書の発明の詳細な説明の項には、その用途について限定のない棚装置の構造についての技術的思想が開示されているものと認めるべきである。

本件審決は、前記発明の詳細な項には、「とくに玉子焼やオムレツ等の焼物食品を焼成後に冷却する場合に用いるもので」との記載や「支柱の両方向に設けられた多数の保持棒により小さいスペースにおいて多数の玉子焼、オムレツ地を冷却することができる」との記載があること、他の用途について示唆する記載がないこと、更に、原告が、審判請求書において、「本願の発明装置は、オムレツ、タマゴヤキ等を製造後、冷却するために用いるものでありまして」と述べていることを根拠に、本願発明は、玉子焼やオムレツ等の焼物食品を焼成後に冷凍する場合に用いる棚装置を対象とするものである旨認定判断しているが、右の「とくに玉子焼やオムレツ等の焼物食品を焼成後に冷却する場合に用いるもので」との記載は、前認定説示に照らし、本願発明に係る棚装置の好ましい用途を示したものと解すべく、この文言から本願発明をもつて、玉子焼やオムレツ等の焼物食品を焼成後に冷却する場合に用いる棚装置についての発明と限定的に解することはできない。また、「多数の玉子焼、オムレツ地を冷却することができる」旨の効果の記載も、前認定説示のとおり、本願発明の棚装置を玉子焼やオムレツ等の焼物食品を焼成後に冷却する場合に用いる棚装置として用いたとき(1実施例)の効果についての記載であつて、このことをもつて本願発明の用途を被告主張のとおりに限定的に解すべき根拠とはなし難いし、他の用途について示唆する記載がないとの点については、明細書の発明の詳細な説明の項に、発明に係る装置の唯一の実施例あるいは唯一の用途しか記載されていない場合に、発明がその唯一の実施例あるいは唯一の用途のものに限られるものと考えるべきか否かは、当該明細書記載の発明の目的、構成、効果に基づいて総合的に判断しなければならないものであるところ、これを本願発明についてみるに、前認定説示のとおり、本願発明は、何ら用途限定のない「棚装置」についての発明として把握できるものであり、玉子焼やオムレツ等の焼物食品を焼成後に冷却する場合に用いる棚装置はその1実施例ないしは1用途にすぎないものと認められるのであるから、本願明細書に他の用途が記載されていないことをもつて、直ちに本願発明をこの用途限定されたものに特定したものと考えることはできない。また、成立に争いのない甲第9号証(原告作成の審判請求書)によれば、原告が審判請求書において、本件審決認定のとおり述べているとことを認め得るが、特許法第36条の記載不備の判断は、明細書の記載自体に基づいてなされるべきものであるから、右のような事実があつたとしても、明細書の記載を逸脱して右事実を参酌することは不当といわざるを得ない。また、「網棚」の点についても、本願明細書及び図面の記載からみて、「網棚」が本願発明の目的を達成するために必要不可欠の技術手段であるとは到底認められず、特許請求の範囲の項に、単に「棚」と記載し、「網棚」と記載しなくても、この点に記載不備があるということはできない。

以上によれば、玉子焼やオムレツ等の焼物食品を焼成後に冷却する場合に用いる棚装置である点と、棚が網棚である点は、本願発明にとつて必須の構成要件であると解することはできず、したがつて、本願明細書の特許請求の範囲の項にこれらの点についての記載がないことを理由に、本件出願をもつて特許法第36条第5項の規定に違反するものとした本件審決は、その判断を誤つたものであり、違法として、取消しを免れない。

(結語)

3 以上のとおりであるから、その主張の点に判断を誤つた違法があることを理由に、本件審決の取消しを求める原告の本訴請求は、理由があるものということができる。よつて、これを認容することとし、訴訟費用の負担について、行政事件訴訟法第7条及び民事訴訟法第89条の規定を適用して、主文のとおり判決する。

(武居二郎 清永利亮 川島貴志郎)

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